コラム|その他

「夫は千の風になんかなっていない」

2019.12.01

夫は風になんかなっていない。私がこの手で埋めたお墓にいる。「千の風になって」の曲が流れるとチャンネルを変える。夫の命日が近くなり今日も夫のいるお墓に行く。心が休まるのだ。

いつかの朝日新聞の「声」欄に載っていた77歳の女性の投稿の要約である。よくぞ載せた、朝日新聞よ!! 「千の風になって」を嫌いだと言う投稿を、である。新井満氏作詞で新井氏も歌い、秋川雅史さんがヒットし、加藤登紀子さんほかも歌っている今や知らない人はいない「紅白出場曲」。が、以前からこの歌詞に異を唱える人がいた。浄土真宗の教団だ。その宗派の教えは「人は命終(臨終)とともに阿弥陀如来の元に行かれて、如来に守られて極楽におられる」という考えで、決して風になってあちこちになど行ったりはしない。阿弥陀様に助けて頂いているのだから阿弥陀様を信じていれば良い。これが「他力本願」の考え方。親鸞上人とて、「父母のために念仏を唱えたことはない。阿弥陀様を信心するが故、念仏する。」と言っている位に、阿弥陀様を信じ、故人は風になってフラフラなどしない・・・のだ。私は「千の風になって」の曲が流れると、いつもこの考え方を思い出す。これを歌う秋川さんの真剣なまなざしは心に響くものがあるけれど、私が故人になったら極楽で静かに暮らしたい。あれもこれもやり残したなんて一切考えず、極楽浄土で満ち満ちた心で泰然といる。フラフラした風になりたくない・・のだ。・・・・・かような考えと、この歌の評価は違うから、それはそれ、これはこれ。投稿者と朝日新聞の勇気に、多様な考え方があることを知る機会ができて良かったと思う。

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